2006/06/12

精神障害者として生きる

精神障害者として生きる
躁鬱病「気分障害」とアルコール依存症で精神障害2級の牧師
瀬戸キリスト教会牧師、西風の会(高知「精神病」者の会)代表 堀 俊明
A)私の歩んできた人生
1949,6.石川県金沢市で生まれる
1968,3,金沢大学教育学部附属高等学校卒業
1972,3.京都大学農学部卒 、全共闘運動の中を生きる
1972,4.福井県水産試験場研究員(福井県舞鶴市)
 原子力発電所の環境アセスメントを担当(温排水が生物に与える影響)
1973,5.躁鬱病「気分障害」を発病
 精神病院に10回程度入院、閉鎖病棟での入院体験も通算で数年になる
1979,4,12.日本基督教団若草教会(金沢)で受洗
1980,12.同退職
 準公務災害扱い (退職金の割り増し、年金の支給は辞退した)
1983,断酒のため高知へ、断酒会発祥の地である下司病院に1年間入院
1984,12.西風の会結成(新谷のり子コンサートを機会にして)
1985,4.東京神学大学神学部編入学
1987,4.高知教会伝道師
1989,4.香美教会副牧師
1992,10,4.香美教会による瀬戸地域の開拓伝道が開始される
1997,3,30.瀬戸キリスト教会開設、同副牧師
2001,4.SSRI,パキシルを服用し始める
 パキシルを服用し続ければ、健康な人間に近い生活が送られるようになった
B)病気と共に歩む人生
1)精神病院で躁鬱病と診断されむしろ気が楽になった
 職場も病気に配慮してくれた (準公務災害扱いをしてくれた)
 乱れた生活を送る
2)結婚をする(妻は躁鬱病であることを理解し,結婚する)
 職場での評価も上がり、過去は若気の至りと見なされるようになってきた
3)離婚する(あなたの明日を信用できないと言われる)
 私の子供を産むことはできないと言われる
 別居中、完全に断酒したが,妻の姿勢は変わらなかった
4)アルコールの酔いがもたらす暗黒の世界の中でしか生きられなくなる
5)断酒を決意し、断酒会を頼り高知へ行く(流刑の地へ流刑にされる)
6)下司病院で院内飲酒をし,血圧が0になり瞳孔が開く
7)生ける神と出会う(A.A.でもハイヤーパワーにより断酒ができる)
8)棚卸し表を作成する変わりに、手紙を1日3通出し続ける
9)東京神学大学松永学長の講演を聞き牧師への志が与えられる
10)テストケースとして精神病者の入学が認められる
11)学校で紹介された病院と相性が合わず、倒れた
(精神病者であるにも関わらす牧師になるという誇大妄想を起こした)
12)高知まで事務長が付き添い,下司病院に入院、夏休みを過ごす
13)下司病院で新たな診療所を紹介される
14)2年目はほぼ皆出席で,無事卒業する
 卒業時の聖餐式から葡萄酒をジュースに変えると学長が表明(はなむけ)
15)高知教会伝道師
 招聘反対運動、何をするか分からない者を牧師として招くことはできない
 青年会に精神障害者が多く集まる(長老会の反発が強まる)
 堀眞知子と結婚する
 契約更新を拒否される
16)香美教会(香我美町)副牧師として招聘される 
 家はある、謝儀は1万円、現実には伝道圏からの献金で生活が満たされる
17)瀬戸開拓伝道
 瀬戸地域は未知の地であったが、礼拝を始めた時より信徒が集まった
18)瀬戸キリスト教会設立
 堀眞知子がCコース(検定試験)で日本基督教団の教師となる
19)堀 俊明が障害年金受給資格を得る
 教会が自立する、伝道圏からの献金を辞退する(謝儀7万円)
20)海辺の杜ホスピタル(自転車で通院可能)に転院する
 ’01,4.抗鬱剤がSSRIのルボックスからSSRIのパキシルに変わる
 週に2~3回トリプタノールの点滴を受けていたが,全く必要でなくなった  健康な人に近い生活が送られるようになる
21)脳のリハビリ
 (寝たり起きたりの生活で新聞はおろか漫画すら読めなかった状況であった)
 新聞を読み始めた
 インターネットで,朝日新聞、産経新聞を購読している
 読書を始めた
  週に3~4冊、図書館から借りだす
  十津川警部レベルから進化生物学、意識哲学まで読書の範囲を広げた
 インターネットでブログを始める
 高知市に調停を申し立てたのを機会に始め、ブログの世界の虜になる
C)薬で癒されてから、社会に適応するまでのリハビリが今後の課題である
1)モノクロ(白黒写真)の世界から突然カラーの世界に入れられる
 自分の立っている世界に違和感を覚え、受け入れるのが困難になる
2)20,30年間の空白を埋めなくてはならない(浦島太郎である)
 思春期から病気の世界しか知らず,正常な世界を知らない
3)20,30年間機能してこなかった脳の機能を回復させなくてはならない
 知性、感情、社会生活のリハビリは苦痛を伴うので励ますことも必要である
4)精神障害者が寛ぐことのできる空間が必要である