2006/05/08

精神病が薬により治る時代がきた 

精神病が薬により治る時代がきた (06/04/27)
躁鬱病でアルコール依存症の牧師 堀 俊明

 今から4年前、2001年春、私はそれまで週2~3回は抗鬱剤の点滴を受けていたのですが、突然ある日を境にして点滴を受けに病院へ行必要がなくなりました。主治医に診察の中で「最近妙に調子が良い。躁になったのかもしれない」と言ったら、主治医はニコニコしながらカルテを開き、処方箋に書いてある薬品名パキシルを指差しました。
 数週間前に、主治医からパキシル、SSRI(選択的セロトニン再吸収阻害剤)系統の抗鬱剤が新しく開発され、副作用としては眠気などがあることを説明されましたが、不眠に悩まされていた私は就眠前に飲むように処方してもらいました。私はそれまでパキシルと同じSSRI系統のルボックスを飲んでいたので新薬だからといって期待はしていませんでした。ジュースの材料がミカンからオレンジに変わったぐらいにしか考えていなかったのです。
 ところが、私はそれまで寝たり起きたりの生活を続け、週2~3回の点滴でかろうじて生きてきたのですが、パキシルを飲み続けることにより健康な人に近い生活を送ることが出来るように変えられたのです。私の脳の機能がパキシルにより突然回復させられたのです。
 SSRIは脳の神経伝達物質であるセロトニンが脳細胞のシナプスにある受容体に再吸収されるのを防ぎ、セロトニンの濃度を上げることにより脳を鬱状態から解放させる薬だそうです。私の躁鬱病、脳の機能の一部の欠損がパキシルを飲み続けることにより回復させられたのです。足の機能を失った人が性能の良い義足により健康な人と変わらない生活を送れるように変えられたようなものです。
 35年前、私の最初の主治医は患者から見ても分かるほど重度の躁鬱病でした。彼は私に「足の不自由な人は車椅子や松葉杖を使うだろう。あなたは薬をそれらの代わりとして利用することを考えなさい。薬を飲み続けることにより健康な人に近い生活が送られれば良いのだから。私は何を忘れても薬だけは持ち歩くようにしている」と言い、ベルトに取り付けてあるポーチの中の薬を私に見せてくれました。
 私も35年間、薬を飲み続けてきましたが、私の人生は寝たり起きたりで終わることしか想定していませんでしたが、その想定が突然覆されたのです。それまで足が不自由であった人に自由に歩き回れる義足が与えられたようなものでした。
 私が最初に抱いたのはむしろ違和感、あるいは恐怖感でした。真っ暗な世界の中で屈み込み、足元を見つめることしかできなかった私に突然立ち上がり、目を見上げ、目の前の世界を見つめる力が与えられたのです。目の前の暗闇が薄れ、目の前には未知な世界、自由な天地が広がっていました。
 いきなり広がった世界を前にして私の足は竦みました。そーっと足を踏み出し、足を踏ん張ることができるのを確かめ、一歩一歩足を進み出し始めたのです。私は発病前の世界で生きていた頃の感覚を思い出しました。私は何でもできると信じ込んでいた思春期の感覚を取り戻したのです。
 しかし、現実の世界では私の脳は30年間正常に機能してこなかったのです。例え脳が正常に機能するようになってもリハビリが必要でした。錆び付いた脳から錆を振るい落とすことが必要でした。
 私は脳のリハビリのために読書をすることを選びました。近くの図書館に行けばオンラインシステムで本を取り寄せることができます。4年間の間に7~800冊近い本を読みました。読書を重ねる中で脳の機能は少しずつ甦ってきました。日常生活も規則正しいものへと変わってきました。私は4年間、一度も鬱状態に陥ったことはありません。
 私はそれまで寝たり起きたりの生活を続け、一日に一回は布団に潜り込んでいたのですが、寝ることはできず、時には眠剤を乱用したこともありました。家内に眠剤を取り上げられたくらいでしたが、今では一日一時間ぐらい自然に昼寝ができるようになりました。
 眠剤の量も半減しましたが、睡眠は十分にとれるようになりました。早朝覚醒が続き、日の出前からインターネットをしていたこともありましたが、今はゆっくりと目覚めることができるようになりました。
 それだけではなく、肉体も脳の機能が回復するにつれて回復してきました。インスリン、甲状腺ホルモンを補いながら生活をしていますが、体の隅々の細胞までが活性化されてきたのを実感することができます。
 単に脳の機能が回復しただけではなく、肉体の機能も回復してきました。QOL、生活の質そのものが高まってきたのです。
 現代の精神医学の進歩は私たちの予想を遙かに超えています。私のように薬を飲み続けることにより健康な人と変わらない生活を送れるようになった人はまだ少ないかもしれませんが、そう遠くない未来には様々な薬が開発され、脳の機能が薬により回復される人も増えてくるでしょう。
 精神病は不治の病ではなく、治る病気になってきたのです。私たちは未来に希望を持って生きることができるのです。